奥田英朗の伊良部シリーズを読んでファンになってから,探して読んだ初期の奥田本です。コミカルな伊良部シリーズとは異なり,非常にシリアスなサスペンス小説で,伊良部のイメージで読むと全く違います。
町工場の社長,銀行のOL,若いチンピラ,3人の平凡な人間がどんどん転がり落ちる転落人生を描いた犯罪小説です。文字通りどんどん「最悪」な状況に陥ります。3人の主人公の話が並行して進むというよくあるパターンの構成です。分厚い本ですが,どんどん先が気になって気になって一気に読めるのではないでしょうか。3人の道が合わさってからはさらにスピード感が増します。
もうやめてくれと言いながらそれでも読む手が止まらない傑作です。3人の窮状の描写が非常に細かく描き込まれていて,それらが自分の周りにも十分起き得る事,誰もが持っている平凡な悩みである所が怖いです。ただ,不運やどうしようもない事もあるんでしょうが,3人の主人公たちの小市民っぷりや,なんでここでこうしないんだ,ここで止められるのに止めないんだ,っていうイライラな所があるから,ここまで落ちていくんでしょうね,この人たちは。もし自分だったらたとえ不運であってもここまで落ちるに至らないんじゃないかなあとは思います。
町工場の社長・川谷信次郎の狂気に陥る過程の描写が一番すごく,一番惹かれました。しかし強盗と言う重犯罪を犯した人間とは思えない軽率な行動が見られる部分があり,そこは少し冷めましたが…。つまらないハッピーエンドにならず,ほんのわずかではありますが希望の見えたラストが白けさせず◎でした。
伊良部シリーズとは全く違った,こういう奥田本もあるのだなと思って,同じ系統である「邪魔」も次に買いましたが,またそれは次の機会に。