前回の続きです。モンサンミッシェル島内観光中です。サン・ピエール教会を後にし,修道院へ向かいます。
教会を出ると,そこは墓場になっています。プラール家の墓もあります。
見上げると,中心の尖塔が見えます。尖塔の先には大天使ミカエル像があるのが見えるでしょうか?
階段を登りきった最上部のテラスです。修道院の教会堂の入口です。
このテラスからは周りを一望できます。バスで来た道も見えます。もう少し天気が良ければ…。今はちょっと潮が引いているところです。
このテラスの床なんですが,よく見ると石の1つ1つに何か模様が彫り込んであるんですね。これはこのモンサンミッシェルを作る時に働いていた石工のサインだとの事です。当時の石工は成果報酬制で,自分が働いた分を申告するために,自分の石には自分のサインやシンボルを彫り込んでいたそうです。見てみると,このサインは結構多いから働き者だったんだなとか,このサイン全然ないな…サボりやがってとか,結構おもしろいです。
修道院教会堂内部に入っていきます。建物はロマネスクだったりゴシックだったり,戦争で壊され修復されいろんな建築方式が混ざり合って構成されています。
ここにも大天使ミカエルの像があります。天秤で天国行きか地獄行きかを決めています。
中庭に出ます。ラ・メルヴェイユ(驚嘆)と呼ばれる装飾の美しい部分です。中庭の四方を二重の円柱がぐるっと囲んでいます。ホントにファンタジーの世界に出てきそうな場所です。
中庭から移動します。大天使ミカエルと司教オベールのレリーフです。このモンサンミッシェルはこの大天使ミカエルのお告げによりできたと言われています。司教オベールの夢の中で,大天使ミカエルからこの岩山に聖堂を建てるようお告げを受けたとの事ですが,一度では信じず,再び同じ夢を見ましたが,また信じなかったとの事です。業を煮やした大天使ミカエルが3度目の夢でオベールの頭に指を突っ込み,目を覚ましたオベールの頭に穴が開いていた事でようやく信じたという話です。
どんどん内部を見て行きます。ちょっと地下や暗いところが多くなってきます。
これはこの修道院に荷物を引き上げる車輪ですね。ここまでの写真で分かる通り,階段が非常に多く,体力を必要とするこの修道院で重い物を運ぶのに使うそうです。
説明がめんどくさくなってきたのでこれが最後です。ここは修道院の僧の葬儀を行った場所です。人生の始まりから終わりを表すアルファとオメガが刻まれています。
後はペタペタと写真を貼っていきながら,モンサンミッシェルを降りていきます。
またバスでモンサンミッシェル対岸に移動し,ルレ・サンミッシェル近くのレストラン,サン・オベール(Saint Aubert)で昼食です。
このモンサンミッシェルの名物のオムレツです。オムレツと言っても日本人が一般に想像するオムレツとは全然違って,泡立てた卵のふわふわの…というかほとんど泡のオムレツです。バターと薄い塩味って感じで,僧侶の料理なのであまり濃い味付けではありません。
ローストポークと温野菜です。味付けは全然違いますが,ラーメンのチャーシューみたいだなと思ったのはきっと育ちがよくなかったからでしょう。モンサンミッシェルの名物と言えばプレ・サレという羊があるのですが,今回は食べる機会に恵まれませんでした。
昼食を済ませ,またバスで5時間揺られながらパリへ向かいます。このモンサンミッシェルは絶対行きたかった場所の1つという事で個人的には非常に満足していますが,非常に辺鄙な場所にあり,どこかのついでに行くという事が難しい事,パリから5時間という日帰りだとハードな日程になってしまう事,また日帰りだと非常に混む時間になってしまう事などから,なかなか短く忙しい海外旅行のスケジュールでこのモンサンミッシェルまで足を伸ばすのは難しいかもしれません。今回のように泊まりで早朝から観光できるのが一番良いと思います。
いろいろとモンサンミッシェルの余韻に浸りながら,次回からは花の都パリ編に入ります。続く。